本条による規制は,「上場会社等」の役員または主要株主による6ヵ月以内の自社株などの売買を,内部情報の知不知や存否とは無関係に抑止することとなるため,会社の役員や主要株主が,自社株の短期的な価格変動から個人的な利益をあげる可能性をなくすことにより(これらの者は会社の経営に対する影響力を行使して会社の経営をねじ曲げて,自ら内部情報を作り出し(配当の変動や会計の操作など),会社の証券価格を短期的に変動させうる立場にある),会社の経営に携わる役員や主要株主が,会社の長期的な業績の向上に専念することができるようにするという,いわば利益相反を防止するような役割も果たしている。
このように解すれば,短期売買の差益を,取引の相手方などではなく,会社が請求できるとしている本条の規制方法にも合理的な説明がつく。
いずれにせよ,本条は,「李下で冠を直さず」型のきわめて形式的な規制であり,内部者取引とは無関係な取引も本条の規制の対象となりうるため,会社の役員や主要株主は本条による規制について十分な注意が必要である。
株式所有の分散が進んでいるアメリカでは数%の議決権保有でも会社の経営に対して影響力を行使しうるのに対して,株式の持ち合いが広範囲に行われている日本では,10%を超えて議決権を保有していながら,会社の経営に何ら関与できないことも少なくないことを考えると,本条の役員に対する規制はともかくとして,主要株主に対する規制が,このままでよいのかは疑問の余地がないとはいえないように思われる。
なお,166条と167条による内部者取引規制は刑事罰によるものであったが,本条による規制は会社への利益提供を定めるのみである。
役員や主要株主が6ヵ月以内の売買により利益を得ているにもかかわらず,会社が利益提供請求をしない場合に備えて,会社の株主が会社を代位して提供請求できる旨の規定が置かれている(証取164条2項)。
商法267条の株主代表訴訟に類似した制度であるが,請求権者や手続要件などに若干異なるところがある。
164条1項・2項による利益提供請求権は,利益の取得があった日から2年で消滅する(証取164条3項)。(b)役員・主要株主の売買報告義務役員または主要株主による短期売買差益の提供義務についての規制を実効あるものとするため,役員・主要株主には,「売買等」に関する報告義務が課せられている。
「上場会社等」の役員または主要株主が,自己の計算で,当該「上場会社等」の「特定有価証券等」について「売買等」を行った場合は,「売買等」に関する報告書を,「売買等」があった日の属する月の翌月15日までに内閣総理大臣に提出しなければならない(証取163条1項)。
報告書を受理した内閣総理大臣は,その記載から役員または主要株主が短期売買差益を得ていると認めたときには,その報告書のうち当該利益に関する部分(「利益関係書類」)の写しを当該役員または主要株主に送付し,当該役員または主要株主から,20日以内に,当該売買を行っていない旨の申立てがなければ,当該「利益関係書類」の写しを,当該「上場会社等」へ送付する(証取164条4項・5項)。当該「上場会社等」への送付後,30日を経過した日からは,内閣総理大臣は,当該「利益関係書類」の写しを公衆の縦覧に供する(証取164条7項)。
この規制は,役員・主要株主による短期売買差益の提供を促すためのものであるため,役員・主要株主により差益が会社へ提供されたことを内閣総理大臣が知った場合は,その時点で送付や公衆縦覧の手続は中止される。なお,163条と164条の規定による内閣総理大臣の諸権限は,194条の6第1項により,金融庁長官に委任され,さらに163条の規定による報告書受理の権限,164条4項の規定による利益関係書類の写しを送付する権限と164条5項による申立ての受理の権限は,証券取引法施行令43条の6により財務局長などに委任されている。
以上のようにわが国では,役員と主要株主による自社株などの取引についての情報は,行政の内部で処理し,極力公開しないような措置がとられているが,わが国の証券取引法の母法ともいえるアメリカ連邦法の1934年証券取引所法の同種の規定である16条(a)項での,役員と主要株主による自社株などの取引についての情報はすべて最初から公開されており,短期売買が行われたかどうか,差益の引渡を請求するかどうかは,公開された情報に基づき,会社や株主が判断し,実行することになっている。
ところで,日本の証券取引法164条による短期売買差益の提供義務と163条による売買報告義務の規定は,日本で上場または店頭登録されている証券を発行している外国会社の役員や主要株主にも適用されるため(前記(3)(a)),これらの者が外国で特定有価証券等の売買を行った場合も,日本の規制当局に対する売買報告義務が発生し,場合によっては株主が上場会社等に代位して,短期売買差益の提供を請求することができるのかが問題になりうる。
会社の業績が振るわず,将来自社の株価などが下落することを会社内部の情報から知った役員や主要株主は,自社の株などを空売りすることにより,容易に利益をあげることができる。しかし,このような行為は,会社の経営に携わる者が会社の苦境につけ込んで,個人的な利益を追求するものであり,会社に対する裏切りともいえるような行為である。
また,そのような内部情報を知らずに市場で取引をしている一般投資者に対する背信的行為でもある。
そもそも,会社の経営に携わる役員や主要株主が空売りをするということは,自社の株価などが将来下落することにより個人的な利益をあげることのできる立場に自らの身を置こうとするものであり,会社の利益と相反する行為である。
この利益相反の問題は,株価などの下落についての内部,情報の知不知や存否とは無関係に起こりうる。
このような立場にある者は,意図的に会社の経営をねじ曲げて,株価を下落させることにより,自らは利益をあげることができるからである。
そこで,証券取引法165条は,「上場会社等」の役員または主要株主は,自己が有する当該「上場会社等」の「特定有価証券等」の額や数量を超えて,同種の「特定有価証券等」について,売付等をしてはならない旨,規定している。
この規定は,「上場会社等」の役員または主要株主による空売りを,内部情報の知不知や存否とは無関係に,絶対的に禁止するものである。
この規定に違反した場合は,6ヵ月以下の懲役もしくは50万円以下の罰金,または,これらを併科される(証取205条13号)。
(a)誠実公正義務証券会社とその役員・使用人は,顧客に対して誠実かつ公正に,その業務を遂行しなければならない(証取33条)。
また,顧客から証券売買の委託を受けた証券会社は,受任者として,委任の本旨に従い善良なる管理者の注意をもって委託事務を処理する義務を負う(商552条2項,民644条)。
このような一般的義務から次の具体的義務が証券会社に生じる。
(イ)顧客の売買注文について,証券会社は顧客にもっとも有利な条件で注文を執行する義務を負う(最良執行義務)。
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